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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)4864号 判決 1992年1月27日

原告(反訴被告、以下、原告という)

中川知子

右訴訟代理人弁護士

松原倉敏

清金愼治

被告(反訴原告、以下、被告という)

アキ企画株式会社

右代表者代表取締役

木村英子

被告

瀬口艶子

穐吉正孝

右三名訴訟代理人弁護士

熊谷尚之

石嵜信憲

主文

一  被告らは各自、原告に対し、金七五七万八二〇〇円及びこれに対する被告アキ企画株式会社、同穐吉正孝は平成元年九月八日から、同瀬口艶子は同月九日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  被告アキ企画株式会社の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴、反訴とも被告らの負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(本訴)

被告らは各自、原告に対し、金八四七万〇八五〇円及びこれに対する被告アキ企画株式会社(以下、被告アキ企画という)、同穐吉正孝は平成元年九月八日から、被告瀬口艶子は同月九日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(反訴)

1  主位的請求

原告は被告アキ企画に対し、金七九四万五八一〇円及びこれに対する平成元年一〇月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

原告は同被告に対し、金七七五万七〇八〇円及びこれに対する右同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

原告は、被告アキ企画に対し、同被告経営のラウンジ・ゴールデンドアにおいて稼働した昭和六二年八月二五日から同六三年一〇月三一日までの未払給料等八四七万〇八五〇円の支払いを求め、同被告は事実上、支払不能であるから原告は同額の損害を受けたとして、同被告の代表者であった被告瀬口に対し、また、被告アキ企画の事実上の代表者は被告穐吉であるとして同被告に対し、商法二六六条の三ないし民法七〇九条により、右金員の支払を求めた。

被告アキ企画は、同六二年八月末日、原告に対し、ゴールデンドアの経営権を譲渡し、その際、<1>顧客に対する売掛金債権七九四万五八一〇円を同額で債権譲渡した、または、<2>原告が顧客から回収する右売掛金を貸付金とする旨を合意し、その額は七七五万七〇八〇円に達したとして、右債権譲渡代金、または、貸付金を自動債権とする相殺の意思表示をなし、反訴として、右債権の残額の支払を求めた。

1  被告アキ企画は、酒場・ラウンジの経営等を目的とし、昭和五八年八月ころから、(住所略)において、ラウンジ・ゴールデンドアを営んでいた。被告瀬口は平成二年九月まで同被告の代表取締役であり、被告穐吉は監査役である。

2(一)  原告は、昭和六一年七月一日からゴールデンドアのホステス(俗称、雇われママ)として稼働し、同六三年一〇月三一日退職した。

(二)  原告の月間給与は、基本給(日額二万三〇〇〇円×稼働日数)に後記口座料を加えたものとの約定であった。

3(一)  被告アキ企画は、同年一一月一日ゴールデンドアを閉店し、程なく休業届を出し、平成元年営業を廃止した。

(二)  被告アキ企画は、約四四〇〇万円の銀行借入金があり、事実上の倒産状態にある(証拠・人証略)。

二  争点

1  原告の昭和六二年七月二一日から同六三年一〇月三一日までの未払給与債権等

(原告)

(一) 原告は、右期間、約定基本給のうち、別表(未払給料等一覧表)・未払給料欄記載のとおり合計四八三万一八〇〇円の支払を受けていない。

(二) 被告アキ企画は原告に対し、原告の顧客が遅滞なく代金を支払った場合には、その一部を口座料として割戻すことを約した。

原告は、右期間中、同表・口座料欄記載の口座料一五四万六六五〇円の支払を受けていない。

(三) 原告は、右期間中、同被告の委託を受け、他のホステスに対し、同表・立替給料欄(略)記載の金員合計二〇九万二四〇〇円を立替払した。

(被告ら)

被告アキ企画は、昭和六二年八月末ころ、原告にゴールデンドアの経営権を譲渡し、以後、原告は自己の責任と計算でゴールデンドアを経営した。したがって、同被告は原告主張の債務を負担しない。

2  被告アキ企画による相殺の抗弁及び反訴

(被告アキ企画)

(一) 被告アキ企画は、右経営を譲渡の際

(1) 原告に対し、同被告の顧客に対する昭和六二年八月末日までの売掛金七九四万五八一一〇円を同額で債権譲渡した

(2) 原告が取立、回収する右売掛金は原告に対する貸付とし、原告はゴールデンドアを辞める時、同被告に返済する旨約した。原告は七七五万七〇八〇円を回収した

(二) 同被告は、本訴において、右債権を自働債権とし本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(三) 同被告は原告に対し、右債権譲渡代金(主位的)、貸付金(予備的)の支払いを求める。

(原告)

経営譲渡、債権譲渡及び貸付金は全て否認する。

3  被告瀬口、被告穐吉の責任

(原告)

被告アキ企画は、原告に対する前記給料等の支払を懈怠し、事実上、支払不能に陥ったことにより、原告は同額の損害を受けた。被告瀬口は代表取締役として、被告穐吉は実質上の代表者として、被告アキ企画に対する忠実義務に違反し、原告の右損害を招いたから、商法二六六条の三、民法七〇九条(被告穐吉)により損害賠償責任を負う。

(被告ら)

否認する。

第三判断

一  昭和六二年七月二一日から同六三年一〇月三一日までの未払給料等の有無

1  経営譲渡について

(一) 被告アキ企画はゴールデンドア経営のため、銀行借入四四〇〇万円、被告穐吉からの借入二二〇〇万円を抱え、ゴールデンドアは毎月七〇万円の赤字を出していた(証拠・人証略)。

(二) 被告アキ企画の預金通帳(三和銀行瓦町支店及び大和銀行御堂筋支店)の保管、ゴールデンドアの経理事務及び帳簿管理は、被告穐吉の意を受けたビタカイン製薬株式会社(代表者被告穐吉)の従業員・木村英子がなしており、右は同六二年九月以降も変更なく、顧客の支払も被告アキ企画の右預金口座に振込まれた。原告は、同月以後も従来とおり、ゴールデンドアの売上、現金入金等につき、同女の点検を受け、また、被告穐吉の秘書・小山美恵子による帳簿照合も受けていた。原告が被告アキ企画の右預金口座から金銭を引出したことはなく、ゴールデンドアの運転資金は木村から交付されていた(証拠・人証略)。

(三) 原告の給与は、基本給に売上げに応じて支払われるリベートを加えたものから所得税を源泉徴収し、これに口座料を加算して支給額を算出し、被告アキ企画によって株式会社山口薬品商会(代表者被告穐吉)名義で原告の銀行口座に振込まれていたが(証拠略)、同六二年九月以降も、右算定方式、支払方法は変わらず、原告は被告アキ企画から、同六二年一〇月八日五〇万円、同六三年六月三〇日六〇万円、同年八月一日六四万一〇〇〇円、同年九月二日五一万四〇〇〇円の給与の支払を受け、また、立替金の返済として、同六三年五月三一日六〇万円、同年九月三〇日七六万円の支払を受けた(証拠略)。

(四) 原告と被告アキ企画間において、ゴールデンドアの経営譲渡についての諸条件・経営譲渡の対価、帳簿処理の方法、借入金、経費の負担、未回収売掛金の取扱等について明確な取決めがなされていない。

(五) 右事実に照らすと、如何に大阪北新地でラウンジを経営することが魅力であっても、原告が採算の目処のないゴールデンドアを易々と譲り受けるとは考え難く、また、被告アキ企画の同六二年九月以降におけるゴールデンドアに対する関与は、原告の経営の手助けという程度を遙かに超えるところであって(証人木村、被告穐吉の供述は採用できない)、被告アキ企画が原告にゴールデンドアの経営を譲渡したとは到底認め難く、原告は、同月以降も、ゴールデンドアの従業員として稼働したと認められる。

2  未払給料

被告アキ企画は原告に対し、原則として、毎月二五日(支給日)、前月二一日から当月二〇日までの給料及び口座料を原告の銀行口座へ振込んでいた(証拠略)。

(一) 同六二年八月分 二四万〇二〇〇円(証拠略)

原告の当月分の給料は四九万〇二〇〇円で、支給日に振込がなく、同年一〇月八日二五万円が支払われ、二五万円が未払金として帳簿処理された(証拠略)。

(二) 同年一〇月分 六四万三八〇〇円(証拠略)

原告の同月分の給料は六四万円三八〇〇円で、支給日が振込がなく、一四〇万円(右給料及び後記立替金(一)の合計額)が原告からの借入金として帳簿処理された(証拠・人証略)。

(三) 同年一一月分 六六万五〇〇〇円(証拠略)

原告の同月分の給料は六六万五〇〇〇円で、支給日に振込がなく、一〇〇万円(右給料及び後記立替金(二)の合計額)が原告からの借入金として帳簿処理された(証拠・人証略)。

(四) 同年一二月分 五九万八八〇〇円(証拠略)

原告の同月分の給料は五九万八八〇〇円で、支給日に振込がなく、九〇万円(右給料及び後記立替金(三)の合計額)が原告からの借入金として帳簿処理された(証拠・人証略)。

(五) 同六三年一月分 三〇万か(証拠略)

原告の同月分の給料は五八万〇二〇〇円で、支給日に二八万〇二〇〇円が支払われ、三〇万円は原告からの借入金として帳簿処理された(<証拠略>)

(六) 同年二月分 四〇万円(証拠略)

原告の同月分の給料は七三万一二〇〇円で、支給日に三三万一二〇〇円が支払われ、四〇万円は原告からの借入金として帳簿処理された(証拠略)。

(七) 同年三月分 一五万円

原告の同月分の給料は六四万三八〇〇円で、支給日に四九万三八〇〇円が支払われ、一五万円は原告からの借入金として帳簿処理された(証拠略)。

(八) 同年四月分 二〇万円(証拠略)

原告の同月分の給料は六八万六二〇〇円で、支給日に四八万六二〇〇円が支払われ、二〇万円は原告からの借入金として帳簿処理された(証拠略)。

(九) 同年五月分 三六万五六〇〇円(証拠略)

原告の同月分の給料は三六万五六〇〇円で、支給日に振込がなく、未払金として三六万五〇〇〇円が帳簿に計上された(証拠略)。

(一〇) 同年九月分 四四万円(証拠略)

原告の同月分の給料は六〇万一四〇〇円で、支給日に一四〇〇円が支払われた。被告アキ企画は右給料の残額と六〇万円の合計一二〇万円を原告からの借入金とし、同月三〇日、七六万円を支払った(証拠略)。

(一一) 同年一〇月分 五七万七六〇〇円(証拠略)

原告の同月分の給料は五七万七六〇〇円で、支給日に振込がなく、一五七万七六〇〇円(右給料及び後記立替金(四)の合計額)が原告からの借入金として帳簿処理された(証拠・人証略)。

(一二) 同年一一月分 一九万八〇〇円(証拠略)

原告の同月分の給料は一九万八〇〇円で、支給日に支払われなかった(証拠略)。

3  昭和六三年七月ないし一〇月分の未払口座料(証拠略)

口座料は、担当ホステスが顧客の飲食代金に一定割合の金員を料金の一部として加算し、顧客が遅滞なく料金を支払った時、そのホステスに割戻される金員をいい(人証略)、被告アキ企画の計算によると、原告の同六三年七月分の口座料は三七万九三五〇円であり、原告に支払われていないことが認められる(証拠略)。そして、原告の同年八月から一〇月までの口座料は、同年七月二一日から同年一〇月二〇日までの原告の顧客からの入金額によって定まるが、右入金額は、三和銀行分合計六二八万〇六九〇円、大和銀行分合計一九六万七〇七〇円であり、これに応じた口座料は、三和銀行分が五三万六〇〇〇円、大和銀行分は一七万八〇〇〇円で、合計七一万四〇〇〇円であると認められる(証拠略)。

4  立替金

(一) 四五万六二〇〇円(証拠略)

原告は、昭和六二年一〇月二六日、被告アキ企画のために、他のホステスの給料等七五万六二〇〇円を立替払し、同年一一月一九日、三〇万円の返済を受けた(1(二)記載の証拠)。

(二) 三三万五〇〇〇円(証拠略)

原告は、同年一一月二五日、同被告のために、他のホステスの給料等三三万五〇〇〇円を立替払した(1(三)記載の証拠)。

(三) 三〇万一二〇〇円(証拠略)

原告は、同年一二月二五日、同被告のために、他のホステスの給料等三〇万一二〇〇円を立替払した(1(四)記載の証拠)。

(四) 一〇〇万円(証拠略)

原告は、同六三年一〇月二五日、同被告のために、他のホステスの給料等一〇〇万円を立替払した(1(一一)記載の証拠)。

5  したがって、被告アキ企画は原告に対し、右合計金七五七万八二〇〇円を支払うべきである。

二  被告アキ企画の相殺の抗弁

前説示のとおり、被告アキ企画が原告に対しゴールデンドアの経営を譲渡したとは認められない。そうすると、同被告が原告に対し、顧客に対する売掛金債権を譲渡したり、右売掛回収金を貸付ける理由はない。現に、顧客は、その後も、右売掛金を被告アキ企画の銀行預金口座に振込んで支払い、同被告において管理、使用し、原告の自由にはならなかったのである。右売掛回収金がゴールデンドアの営業に使われたとしても、それは同被告自らの事業のためであって、原告に対する貸付金となる訳ではない。

したがって、原告主張の自働債権は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、相殺の抗弁は失当である。

三  被告アキ企画の支払不能

被告アキ企画は、原告に対し一記載の未払給料等合計七五七万八二〇〇円の支払義務を負うが、第二、一、3認定の事実によると、右支払不能であることは明らかであり、原告は右同額の損害を被ったというべきである。

四  被告穐吉の責任

1  被告アキ企画における地位(人証略)

(一) 被告穐吉は、株式会社山口薬品商会、株式会社亀吉、アキヨシ興産株式会社及びビタカイン製薬株式会社等の代表者であり、アキヨシ・グループの総帥として活躍している。

(二) 被告穐吉は、取引先の接待と自己利用のため、被告アキ企画を設立し、ゴールデンドアを開店した。

(三) 被告穐吉は、被告アキ企画において監査役たる地位に止まるが、実質的な所有者として「オーナー」を自称し、従業員は社長と呼び、原告も同被告を被告アキ企画の代表者と信じていた。

(四) 被告穐吉は、信頼する木村にゴールデンドアの経理関係を統括させることにより、ゴールデンドアの営業内容を全て掌握していた。

(五) 被告穐吉は、ゴールデンドアの運転資金の手当をし、日々の営業に関して、ママ、チーフ、マネージャーと称される責任ある従業員の採用、解雇を自ら決め、原告に対しても細目の指示を与えていた。

(六) 被告アキ企画は、ゴールデンドアの他に、化成品の取引を行い、被告穐吉が業務執行に当っていた(帳簿は共通したが、計算の上では区別していた)。

(七) 被告アキ企画及びゴールデンドアの運営、業務執行について余人の容嘴する余地はなかった。

(八) 以上の事実によると、被告穐吉は、事実上の代表取締役として、被告アキ企画の業務の運営・執行を行っていたと認められる。

2  被告穐吉の任務懈怠(人証略)

被告穐吉は、被告アキ企画の事実上の代表者として全権を有しながら、ゴールデンドアの経営が不良なまま、改善の手段を講じることもなく漫然と営業を続け、累積赤字を増大させたばかりか、原告に対し給料等の不払を頻発し、原告をして退職の止むなきに至らしめ、遂にはゴールデンドアの維持・再建の意思をも放棄し、被告アキ企画を事実上の倒産状態に陥らせたと認められる。

3  以上によると、被告穐吉は、故意または重大な過失によって、被告アキ企画の事実上の代表者として被告アキ企画に対し負う忠実義務を怠り、その結果、原告に対し前記損害を被らせたというべきであるから、商法二六六条の三の類推適用により、原告に対し右損害賠償責任を負うと解される。

六  被告瀬口の責任(人証略)

被告瀬口は、被告アキ企画の形式的な代表取締役に過ぎず、実質上は被告穐吉の従業員と目されるが、代表取締役の地位にある以上、被告アキ企画の適正な運営、業務執行をなすべき義務を免れないところ、故意または重過失により、被告穐吉の前記違法な業務執行を放置したのであるから、商法二六六条の三により、原告に生じた前記損害を賠償する責任を負う。

七  被告アキ企画の反訴

前記二の説示によると、被告アキ企画の反訴請求は理由がない。

八  以上の次第で、原告の本訴請求は、主文第一項記載の限度で正当であるが、その余の請求は失当であり、被告アキ企画の反訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 野々上友之 裁判官 長谷部幸弥)

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